きっかけは突然に…
サラリーマンなんて自分には向いていない。
ずっとそう思っていた。
手に職をつけて、職人気質でやっていくもんだと思ってた。
高校も地元の工業系を選び、卒業したら進学せずにそのまま地元で就職した。
将来こうなりたい、といったものもなくただ毎日を惰性で過ごしていた。
紆余曲折を経て、今の会社と縁がありサラリーマン人生を歩み始めて早や10年。
経験のない営業職で、いろんな壁にぶち当たり、様々な人達の助けもありなんとかここまでやってこれた。
中間管理職のポストを与えられ、自分なりに努力はしてきたつもりだが、これといった成果を出すこともなく、鳴かず飛ばずで7年が経った。
一度は降格の話もあった。元は部下だった人間が直属の上司になっていたり。
出世とは程遠いサラリーマン人生を送っていた。 その日までは…
何も代わり映えしない日常、きっかけは突然に訪れる。
普段、話をする事もない役員がこちらを見据えて近づいて来る。
「海外に興味はないか?」
仕事を無茶振りする事で、社内でも有名なその役員から出た一言だった。
要約すると、新しい事業を興したいが誰もそれをやりたがらない、お前はどうだ? と言う事らしい。
誰もやりたがらない理由は、その事業を海外で興すからだった。
その国は、 ミャンマー。
長年続いた軍事政権から、つい最近民主化された東南アジアの発展途上国のひとつ、あのミャンマーだ。
アウンサンスーチーさんの解放や、ロヒンギャの難民問題に揺れているあのミャンマーだ。
誰も行きたがらない理由がわかったような気がする。
決してミャンマーという国をディスっているわけではない。
そもそも、訪れたことも無ければそれまで興味をもったことすらなかった。
ディスるような資格はないのだ。
だがなんとういうか、勝手なイメージというか先入観だけであまり良い印象を持っていなかった。 生活水準、衛生面やその他諸々、、、
役員から、その新たな事業の大まかな内容について説明を受けた。
その内容はとても興味深く、チャレンジしてみたいという意欲に駆られるものだった。
ただ、ミャンマーという未知の異国の地。
そして俺には何よりも代え難い、大切な家族がある。
海外赴任・・・ 家族を連れて? 単身赴任?
その場ですぐに答えることはできない。
役員には、とても興味深い事業内容であることは伝えたうえで家族にも相談したい、という旨の返事をする。
役員も「そりゃそうだろう。家族としっかり相談してくれ。是非、前向きに考えてほしい」ということだった。
「うだつのあがらねぇ平民出にやっと巡って来た幸運か、それとも破滅の罠か。」
クロトワ参謀の名セリフが頭の中で再生される。
俺のサラリーマン人生にとって一大転機が訪れた。
このチャンスを活かすも殺すも自分次第。
慎重に決断しなくてはならない。
なんて、堅いことは考えもしなかった。
「やっと、きたか!」というのが正直なところだろう。
不安な気持ちが無いわけではない。
それよりもワクワクする気持ちが先走っていた。
帰宅してその日のうちに、この一件を妻に打ち明けた。
妻の最初の反応は、、、、
「え!? ミヤンマー?? ・・・・あんた、病気になるで」
これは暗に反対ということだろうと感じ取った。
そりゃそうだろう。まだ下の娘は幼稚園の年中さんだ。
神戸への2~3ヶ月の単身赴任でも、その間家の事を任せきりにして妻には負担をかけてしまった。 それが今度は海外となると、そう簡単に賛成はできないだろう。
デリケートな話題なので、慎重に進めていかねば、、そう思っていると次に妻の口から出たのは、、、
「それって、、、出世ってことやろう?」
” 亭主元気で留守が良い ” 持って帰る給料は増えて、亭主の世話は減る。
専業主婦にとっては、これが一番なのだろう。
だが、はっきりと賛成の意志を示すことなくその日は会話を終えた。
家族の理解と協力なしには海外赴任は難しいだろう。。。
いろいろと解決すべき課題がありそうだ。