新事業という名の臭い飯
2018年 8月某日
我が社の社内イベントでもあるビアガーデンの日を迎えた。
今回は、周年パーティでもお世話になった地元の結婚式場で行うようだ。
料理が美味しいことで定評のある結婚式場なので楽しみだ。
だが、今回はただうまいビールと料理を楽しんで同僚達と上半期を省みるというようにはいかないようだ。
うだつの上がらねぇ”平民出”に降って湧いたチャンス。
まだはっきりと家族の了承も得ていないので、例の役員には何も返事をしていなかった。
ところが、その役員はおれが話した「事業内容にはとても興味がある」という部分だけを強調したうえで社長に報告していたようだ。
社長はその報告を受けて、直接俺と話がしたいと仰ったようだ。
そこで急遽、この社内イベントを利用して一席設けたようだった。
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「適当な頃合を見て、声かけるからよろしく」
役員はいつもの嫌な笑みを浮かべて、軽くそう告げるとビアガーデン会場の雑踏に紛れてしまった。
いつものように社長による乾杯の挨拶のあと、ビュッフェ形式の会場ではご馳走にありつこうとみんな会場中心にある食卓に群れをなして押し寄せている。
俺もその波に乗るべく、お皿片手に列に並ぶ。
適当な料理を取り席に戻って同僚と他愛もない会話をしているところに、突然の収集がかかった。
まだ始まって10分も経っていない。もちろん料理には殆ど手をつけていない。
適当な頃合の基準がわからなくなった一瞬だった。
社長、役員とともに会場外にあるレセプションの一角に席を取る。
俺以外は既にそこそこ酒も入って饒舌になっている印象があった。
まだ10分ほどしか経っていないというのに・・・
軽い会話のあと、すぐに本題に入る。
そこからおよそ2時間。
ビアガーデンの予約時間が終了した事を幹事から告げられるまで、社長と役員の熱い語りは続いた。
その2時間に及ぶ話のなかで、俺はすっかり”その気”になってしまっていた。
それはもうさながら、街角で勧誘されて高価な商品を契約してしまう地方から出てきたばかりの若者並みだった。
”鉄砲玉として1年半、いや2年臭い飯を食ってこい!戻ってきたら幹部として迎えてやる”
どっかのVシネマに出てきそうな話だ。
そして新事業の内容はこうだった。
民主化により外資の流入が激しく、急激な発展をしているミャンマーに於いてビジネスの種が芽吹く環境が十二分にある。
これからはASEAN地域を拠点にビジネスを拡充していきたい。
その足掛かりとしてミャンマーで学校事業を始める。
現地で日本語を教え、PCオペレーターを育成する学校の立ち上げをしろ。
上場企業のR社と共同で進めていくため、R社の外部役員として出向してこい。そこで上場企業の経営ノウハウを勉強し、我が社に持ち帰れ。
と、いうことだった。
その2年のお勤めがうまくいけば、社内に「海外事業部」なるものを立ち上げて、俺をその部署の管理者としていくという将来のビジョンもあるようだった。
事前に役員からは大まかな内容を聞いてはいたが、実際に社長より直々に話を伺うとより一層魅力的に思えた。
もうこのときに心は決まっていたのかもしれない。
心の中では本当にワクワクしていた。もちろんそれに負けないくらいの不安もあったが。
俺のサラリーマン人生が変わる!
正直、素直にそう思えた。
キャリアはもちろん、スキルも。もしかすると収入面でも大きく変わるかもしれない。
いや、そこは変えていきたい。
LANDROVERのアレを所有するのも夢じゃなくなったかもしれない。
今年のビアガーデンはうまい酒も料理も堪能できなかったが、それを遥かに凌ぐものを得た気がした。
早速、うちに帰って妻に報告しよう。
会場出口で二次会に向かう団体を尻目に駐車場に向かうと、颯爽と車に乗り込み自宅までの道のりを急いだ。
帰って無事に報告が済めばデッキでビアガーデンのやり直しだ。